記 事 作 成 依 頼 承 り ま す

妻が産後うつになり1ヵ月が経過。うつの症状に変化が出てきた 夫からみた産後うつ記録

産後うつシリーズを読むにあたって

妻の産後うつを側で見てきた夫主観の記事になります。

産後うつを直接治したり、改善するための記事ではありません。

誰にも理解されず一人で看病している夫、産後うつで苦しんでいるママさんの孤独感や辛さに少しでも寄り添えればと思い書いています。

 

その辺ご理解の上、記事を読んでいたけると幸いです。

こんちには。ソラウタです。

妻が産後うつになり1ヶ月。

うつの症状が変化が出てきました。あと、ちょっとずつ生活スタイルも変化させました。

前回記録、妻が産後うつになり2週間が経過 夫側から見た産後うつ記録はこちらから見れます。

妻が産後うつになり2週間が経過 夫側から見た産後うつ記録

 

生活リズムの変化や職場、義実家との付き合いなど変えざるを得なかった

ソラウタ

生活リズムに仕事、義実家(妻の実家)との付き合い、どれも物凄い負担、ストレス。

特に義実家には今回の事でどういう人たちなのか、どう思っていたのか分かりました。

正直好きになる事はもうないでしょう・・・

これらに耐えることができ、何とか今もこうして記事を書けているのは、近くに理解のある義祖父母(妻の祖父母)と私の親が妻と子どもたちを助けてくれたおかげだと思っています。

いなければ恐らく社会的に、または生命的に終わってたかもですね。

 

お二方には感謝してもしきれない・・・。もし病気になったら一緒に住んで看病、介護をするんだ

ソラウタ

 

産後うつになって看病する側になって、

「他の夫は、妻の看病と仕事の両立はどうやってるんだろう」

「日中の仕事のときは、妻を1人にしているの?」

「1人で家事、育児、仕事、看病をこなすのは物理的に無理・・・。最低限レベルすら無理。他の夫はどうしてんだよ・・・」

などなど、他がどうやっているか気になり、いい方法があったら取り入れたいと思って、とにかく時間があれば調べまくっていました。

 

でも全く出てきませんでした。

出てくるのは、産後うつになった妻目線での記事や夫に対する不満の記事ばかり。

社会でも孤立し、私生活でも孤立してきているのに、ネットすらも見放すのか!と通勤電車の中でスマホを見ながら泣きそうになる日もありました。

 

しかも悩み解決で調べてんのに、訳わからん医療機関のサイトが上位表示されたり・・・

ソラウタ

 

妻が産後うつになって、当然苦しいのは妻です。

でも、また違う苦しみや悩みを抱えながら家族や妻を守ろうとしている夫も苦しいです。

妻が産後うつになった夫へ 一人で抱えず、誰かを頼ってくださいで同じ境遇にいるである旦那さんに向けて記事を書いてます。

妻が産後うつになった夫へ 一人で抱えず、誰かを頼ってください

 

ママさんだけでなく、パパさんも読んで気持ちが少しでも楽になるよう、私の経験を記事にしていきたいと思います。

では、1ヵ月が経過した記録に行きましょうかね。

(ちなみに短い育休は明けてしまってます)

発症から1ヶ月後 産後うつの状況

産後うつになり1ヶ月が経過。

発症したときに比べ、症状に少し変化が出てきました。

産後うつ初期の症状については産後2週間。妻が産後うつになった。夫から見た産後うつでまとめています。

妻が産後うつになり2週間が経過 夫側から見た産後うつ記録

関連記事で載せている症状は依然として続いており、それに加えて以下の症状がでました。

  • 1人になる事への恐怖感
  • 明日になる事への抵抗感、恐怖感

それぞれについて説明したいと思います。

もし、あなたの奥さんにこのような傾向があったら、産後うつを疑ってください。

1人になる事への恐怖

やはり心の寄りどころがあるか、ないかが非常に大きく、1人になる時間が少しでもあると気持ちが落ち着かなくなり、次第に軽いパニック状態に。

「1人にしないで!」

と出勤前に大声で泣かれているときは本当にきつかったです。

私の母や義祖父母がいなければどうなっていたことか・・・

明日になる事への抵抗感

日中義祖父母と一緒に過ごさせてもらい、泣きながらもなんとか乗り切って、夕方になってやっと私が仕事から帰宅。

「辛くて、苦しくても1日を過ごしきったのにまた明日が来てしまう・・・」

「だから明日にならないで・・・」

そう言いながら毎日夜を過ごしていました。



義両親が言った決定的な一言

仕事柄どうしても出張、夜勤がついて回るため、そのときは妻を置いていかなければなりません。

 

まだこの時点では職場の先輩や上司に相談していなかったです

ソラウタ

 

ただ状況が状況のため、義祖父母にお願いし出張している間、妻と子どもたちをお願いしました。

義祖父母と過ごしている間、酷かった感情の波もちょっとだけ収まり、少し笑ったり、テレビ電話で私と話したりできる日も。

 

本当に助かった。義祖父母がいなければ生活できなくなっていた・・・

ソラウタ

 

それでも、取り乱し気味になったり、泣いたりはあったよう。

ただ問題は翌週でした。

出張が終わり、翌週に1週間の夜間作業がありました。

義両親に義祖父母に世話になっていたことが知られ、

 

「高齢なんだから、そっちを頼らないでこっちにこい」

「義祖父母も年で、体調を崩したら、治るどころか悪化して最悪の場合もあるから行くな」

 

と言われ、妻と子どもたちは実家(妻側)へ行かざるを得ませんでした。

これが失敗だった・・・

 

問題が起こったのは初日。

(残りも問題はあったのですが、初日ほどではないので省略)

だから2人目は考えろ、産むなと言っただろ

初日の夜間作業を終え、帰宅して朝の6時。

心配だったため、そのまますぐに妻の実家へ直行(片道1時間)。

 

着くと、妻の顔は泣いたからかむくみ、精神もかなり酷く、不安定状態。

私を見るなり泣きだし、夜何を言われたのか話してくれました。

内容は下のようなこと

  • どうしてこっちにこないんだ
  • 子どもが可愛くないのか
  • 子どものために頑張ろうと思わないのか
  • 長女の前で泣くな
  • ソラウタはなんで一言もこっちに「お願いします」もないんだ?(←論点そこ??)

(まだ言われていたような気がしますが、時間が経ったからかあやふや)

 

しかも、これらを1対2で妻に言ったそうです。責めるように。

あげくの果てに、泣いて謝る妻に対して鼻で笑いながら、

「また泣けばいいと思って」

とも。

 

なんとか必死でやっていた妻に言う言葉なのか、と思わずにはいられませんでした。

しかも親が。

 

結構なこと言ってるよなぁ・・・自覚あるんだろうか

ソラウタ

 

そして、私が会社で仕事をするために早めに出発しようとすると、

「行かないで。置いていかないで。」

と妻が取り乱しながら玄関にきました。

 

そこに義父が来て、言うのは「どうしてここじゃダメなんだ。なにか理由があるのか」と。

泣いている妻にとどめの一言。

 

「だから2人目は考えろって言ったろ!産むかどうか考えろって言ったろ!」

 

これでわかりました。

 

あぁ・・・この人たちにうつのことをいくら言っても無駄だ。このままでは妻が壊れてしまう・・・

 

「何度か妻から、少しでいいから理解してほしい」、「辛いの」と相談していた妻。

でも、全く義両親には届いていなかった。

この時私からも「産後うつのこと、妻の辛さ、苦しみを少しでも理解してもらいたい」と言ったのですが、ムっとされるだけでさっぱり意味がありませんでした。

 

人の痛みや辛さ、苦しみはわからない。だからこそ考えて知ろうとするもの。それがこの人たちからは感じられなかった

ソラウタ

 

ちなみにこういう背景があるために、ずっと妻は調子が悪いこと、辛いことを親に言わないでいました。

勿論私も言うわけないです。

仕事と生活のスタイルが変わった

さて、そんな身の丈の話は置いといて、家族が病気になった場合に起こる変化についてです。

1番大きく変化があったのは、やはり仕事。

今までのやり方では妻の看病、育児、家事を回すことができません。

そのため、基本的に遅くとも17時半には退社をしなければなりませんでした。

 

今まで19時や20時に退社をしていたのから比べると、結構大きい変化。

また、朝も7時過ぎには家を出ていたのですが、朝妻の状況が良くないため遅刻しないギリギリに出社せざるを得ませんでした。

 

定時に出社して、定時過ぎにすぐに帰る。普通の会社ならハブにされてもおかしくないな・・・

ソラウタ

 

日中私が仕事で不在のため、義祖父母が朝妻を迎えに来てくれたり、自宅で一緒にいてくれたり。

しかも夕方まで一緒に居てくれていました。本当に私は恵まれていたのだと思います。

 

帰宅してからは、

18時
入浴
長女を一緒にお風呂へ入ります。
19時
夕飯
息子ちゃんにミルクをあげ、夕飯。妻が泣いていたり、気分が落ちているときはご飯が食べれるくらいになるよう側で支えます。
19時半
家事タイム
 食事を終え、食器洗いと洗濯をやってしまいます。
20時
フィーバータイム
全てが終わり一息・・と思いきや、息子グズリに長女のイヤイヤ、妻のメンタル不調、この3つが同時にやってきます。息子を抱きかかえあやし、長女のイヤイヤを上手くいなし、妻のメンタルサポート。よく乗り切ったと我ながら思います。
21時
1日の終り
ようやく就寝時間です。

大体このような流れでしたね。

 

世の中もっと大変な人はいるわけですけど・・・でもしんでぇぇぇ

ソラウタ



通院を本格的に始めた

妻の症状も軽くなるどころか、どんどん悪化。

毎日泣いていて、

「いなくなりたい、消えたい」

「自分はいないほうが周りに迷惑かけない」

そんなことを言う日々。

 

今までの断片的な通院ではなく、本気の通院をして治療しなければ手遅れになるかもしれないと思い、担当の先生に相談しました。

先生も妻の状態を見て、

「投薬による治療をしましょう。希死念慮も強めに出ているので入院も視野に入れておいてください」

と判断。ここから定期的通院と薬による治療が始まりました。

薬と、入院については

・妻が産後うつになり入院する寸前までいった。夫からみた産後うつ記録

・妻が服用した産後うつの薬効果と副作用のまとめ 夫からみた産後うつ記録

をご覧ください。

まとめ:ほんの始まりに過ぎない

ちょっと脅しというか、小説とかドラマっぽい見出しにしてみました。

でも、あながちウソでもなくて、この記事を書いている今(4ヶ月目)も産後うつで変わらずの生活を送っています。

 

1ヶ月目ほど酷くはないですが、それでも症状は減っていません。

なので、このシリーズは取り敢えず最低でも5ヶ月くらいまでは確実に続きます。

(全く嬉しくないですけどね)

 

同じように苦しんでいるママさん、それを支えるご家族。

その人たちの孤独を少しでも和らげればと思います。

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